回りくどくて愛しくて

殴ってやろうと思っていたのに、北斗はあからさまに気まずい顔をして俺を避けた。
そんなふうに露骨に避けられると思っていなかった俺は戸惑い、避けられたことが自分でも驚くくらいショックだった。
北斗の性格上、明るくごめんなと言えるようなやつじゃないとは分かっていたのに、明らかに俺を避けた。そんな北斗に、何も言えなかったし、何か言えるような隙を与えてくれなかった。
あんなことがあった後だ。顔を合わせられないくらい恥ずかしいことは重々承知だ。俺だって恥ずかしい。だから殴って笑ってなかったことにしてやろうと思っていた。
それなのに、北斗は撮影と取材が始まるまで席を外し、俺と目を合わせようとしない。撮影が始まるといつもの感じを出す癖に、俺を見ているようで見ていない。俺の目の前の空気でも見ているかのように俺をその目に映そうとしなかった。
撮影の後、もやもやしたまま別々の取材になり別れ、終わってから楽屋に戻るともう姿がなかった。聞けば次の仕事に向かったと言われてしまい、呆然とした。
なんだよって苛立った後直ぐに、傷ついている自分がいることに気付いた。
「んだよ、……ばーか」
誰にも気づかれないように、そんな子供じみた悪態を小さく吐いて誤魔化すしかなかった。

朝早くにロケに行き、仕事が終わったのは昼間だった。オフの日は昼夜逆転してしまうこともあって、この時間はいつも日中用事が無ければ寝ていることが多い。折角だし有効活用して出掛けてしまおうかとも思ったが、結局俺は今家にいる。悩んでいるうちに帰って来てしまった、と言うのが正解かもしれない。
悩み事がひとつあると、そのことばかりに気を取られてしまう。仕事との切り替えは上手く出来ているから仕事に支障はないにしても、考え事ばかりしてぼーっとしてしまい、私生活に支障はあるのだから問題だ。
仕事との兼ね合いで、もう一週間以上北斗とは顔を合わせていない。個人個人の仕事が増えてきて、こうやって会わない期間があることが最近では珍しくなくなってきていた。
こうして時間が経ってしまうと、北斗を問い詰めることも難しくなってくる。連絡を入れようとしても、自分から切り出すことが癪で、結局文章を打っては消して、最終的には連絡するのを止めてしまう。
何もなかった時のように電話してしまいたい。うだうだメッセージを打てなくなった今なら、そっちのほうが確実に早いとは分かっている。けれど、時間が経ってしまうと切り出し方が分からなくなってくる。そんな風にぐずぐずと考えているうちに馬鹿らしくなって、スマホを放り出してゲームを起動させた。
そもそもなんで俺がこんなことで悩まなくてはいけないのかと、考える事を放棄する。ゲームでストレス発散すれば、次に会う時には俺も普通に出来ているかもしれない。そうすることが最善ならばそうしてやるしかないだろう。そうやってゲームに没頭することで、俺は頭を少しずつ整理していった。

何戦も繰り返しオンラインの対戦をしていると、いつの間にか時間は過ぎていた。窓からの光が弱くなってきた夕暮れ、部屋に影が落ち始めてから漸く身体を伸ばしてストレッチをする。何時間も同じ姿勢でいたせいで身体は強張っている。ストレッチを終え、そろそろゲームを中断するかとコントローラーを置いた。熱中していたせいか、お腹が空いていたことに気が付かなかった。面倒ではあるけれど何か軽く食べられるものが無いかとその場から立ち上がり、台所へ向かおうとして足を止めた。
肝心な事なら連絡出来ないが、どうでもいいことなら連絡できる。
放り出して床に転がっていたままだったスマホを拾い上げると、北斗のスケジュールを確認する。朧気に覚えていた通り、今日はオフだ。あいつのことだから出掛けている筈だ。
スマホをタップして通話にすると、耳に押し当てる。呼び出し音が、耳に届く。あれだけ避けられたのだから出ないかもしれないが、そんなことは知らない。何も考えない。北斗の事なんてもう知らない。
暫く響いた呼び出し音が切れると同時に、息遣いと声が聞こえた。
『……は、い』
あからさまに気まずそうな声が聞こえて眉を顰めた。電話の奥からは車の音や話し声が聞こえる。予想通り外に出ているのだろう。
「腹減った」
『……は?』
「腹減ったなんか買ってこい」
『ちょ、それどういう、』
突然俺が言い放った言葉が理解が出来なかったのか、電話口の相手は慌てている。でもそんなことは俺が知った事ではない。
「腹減ったから何か買って届けろよお前」
『お前な、突然すぎるだろ』
「うっせぇ、悪いと思ってんならなんでもいいから買ってこい直ぐだぞ」
戸惑った声を聞きながらも有無を言わせないように早口でそう告げると、返事を聞く前に耳からスマホを離して電話を切った。すぐにまた電話がかかってきたけれど、そのままポイっとソファーにスマホを放る。
あいつは、きっと来る。俺に罪悪感を持っているならきっと来るはずだ。来なかったら来なかったで、許さなきゃいい。
俺はきっと、北斗を甘やかしすぎた。
着信の通知が切れるとソファーに座り、リモコンを手に持ってテレビを操作し、録画していた番組を見ようかと扱っていると、スマホにメッセージの通知が来た。
ホーム画面では内容が見られないよう設定していることもあって、スマホを手に取るとそのままメッセージアプリを開いた。
『何が食べたいのよ、何買ってけばいい?』
困った顔をしている北斗の顔が目に浮かんで、ざまあみろと自然と口角が上がった。
『美味かったらなんでもいい』
そうやって適当な返信をすれば、北斗はもっと困るだろう。
北斗の事で散々悩んだんだ。だから北斗も俺のことで悩めばいい。
俺はスマホを放ってテレビに視線を戻した。

録り溜めていたテレビを何本か見終わったころ、突然エントランスからのインターフォンが鳴って身体がびくりと跳ねた。あまりの早さにまさかな、と思いながら体を起こして見に行けば、カメラに北斗が映っていた。多少時間がかかると思っていたこともあって、完全に油断していた。
内心心臓をばくばくさせたままインターフォンの応答をボタン押すと情けない顔をしていた北斗がホッとした顔をした。
『樹、開けて』
「いや、早くね?」
『樹がお腹空いたって言ってたから……』
そう言われて、不覚にも可愛いと思ってしまった。そんな自分に眉を顰め、誤魔化すために「あー、」と適当に返事をしてエントランスのドアを解錠した。
ドアが開いてカメラから離れた北斗を確認すると、突然心許なくなった。心の準備なんて全くできていない。
呼んだのはいいけれど、どんな顔をしていればいいんだろうか。怒っていた方が良いのか、普通にしていた方が良いのか、わだかまりは残したくないし、それを解消するのが目的だ。雰囲気は仕事にも出やすい。なるべくなら気まずさは解消しておきたい。
とりあえず、電話の時は普通に話せていたし、変に構えるべきでは無いと落ち着くために息を吐いた。
ガシガシと乱雑に頭を掻いてから手持無沙汰に突っ立っていると、暫くして部屋の前のインターフォンが鳴った。
出迎えるのは癪だが、そんなことは言ってられないとリビングから廊下へのドアを抜けて玄関へと向かう。ドアアイを確認することなくドアロックを外すと、玄関のドアを開けた。
カメラ越しにも見ていた、眼鏡をかけた北斗がやっぱり少しだけ気まずそうな顔をしてぎこちなく手を上げた。
「おう、」
情けない声を出した北斗は、オフを満喫していたのかいつもより服装に気合が入っている。絵になるその男をじろじろ見ていると、弱弱しく「何だよ」と眉を寄せながらも俺の顔色を窺っている。
何故だか、おどおどしている北斗を見ていたら今さっきまでぐだぐだうじうじしていた気持ちが薄れた。
北斗が片手に持っている、弁当らしきものが入っている袋を手から盗み取る。手が空いた北斗がドアを手で押さえたのを確認してドアから手を離すと、中身を見ながら先にさっさとリビングに戻った。
ビニール袋を机に置くと、北斗もリビングに入ってきて目が合った。俺は何も言わずに洗面所の方を顎で示すと、理解したのか頷いてそのまま北斗は洗面所へ向かった。
暫くすると水道の音が聞こえ、戻って来るのを見計らって大きな声を出した。
「ほくとー」
「なに、」
「ほくとーー」
「だからなんだって!」
俺の呼びかけに慌てて戻って来た北斗は少し呆れた顔をしている。その顔を見て少し笑うと、北斗が買ってきたお弁当を指さした。
「なんで弁当二つあんの?俺二個も食えねーよ」
「え?いや、俺のだけど」
「北斗も食うの?」
「え、食べたらダメ?!」
軽口を叩くと大袈裟なリアクションをする北斗に、ついつい笑ってしまう。いつものやりとりに、ホッとする。北斗もそうなのか、顔が緩んだ。
袋から弁当を二つ出して並べると、北斗も隣に座った。デパ地下のそこそこ良い弁当を買ってきていて、ちゃんと美味しいものを買ってくる辺り、ぬかりない。
箸を出して割り、お互い頂きますと声に出し、目の前の弁当に手をつけ始めた。ちらりとこちらを見る視線に気付いてはいるけれど、お腹が落ち着くまでは気づいていないふりをした。
暫く黙々とお互い弁当を食べていたが、ある程度胃に入ると隣に座っている北斗を盗み見る。タイミングが良いのか悪いのか、北斗も俺の方を見て視線が合わさると、目を逸らすのも不自然でつい、眉を寄せた。そんな俺の表情に、北斗も眉を寄せた。
「……なんだよ、どうした」
「あのさぁ、」
言うつもりは無かったけれど、この雰囲気なら言っても構わないだろうと踏んで口を開いた。北斗は勿体付けた俺の口調に、なんとなく察したのか、少しだけ顔を強ばらせる。
「もう解消されたのかよ、悩み」
「……あぁ、……いや、あれからやってない」
「やってねぇの?」
「……やってない」
歯切れの悪い答えに溜息を吐く。試してないなら解消されたのかどうかなんて分からないだろうに、それとも、この間の罪悪感からする気が起きないのだろうか。
「お前さ、」
北斗は、俺の発される言葉にいちいち反応し、辛そうな顔をして、箸を置くと俯いてしまった。こいつ、嘘ついてんな、と分かりやすい表情ですぐに分かった。
普段自分より演技の仕事をしているのにも関わらず、気が緩んでいる相手には取り繕うことや嘘をつくことが下手で分かりやすい。
「嘘つくな」
「……ごめん、」
自分でもあからさまだったのは気づいているのだろう。俺が諭すと北斗は素直に謝ってきた。
「なんで嘘ついたんだよ」
「……協力してもらったのに、ってさ」
分からなくもない、けれど、なんの解決にもならない。分かっているのに、嘘をついたのは俺への申し訳なさなのだろうか。
「嘘ついても解消されねぇじゃん」
「う、ん」
「俺、そんなに頼りない?」
「そういうわけじゃ、なくて……」
しどろもどろになり、決定的な言葉を言えない北斗は困ったように俺の顔色を窺っている。俺があからさまに溜息を吐くと、その表情をみて北斗は唇をきゅっと結んだ。いじめたい訳では無いけれど、悪戯心が湧いてしまう。ふっと笑うと俺が不機嫌になっているのだと思っていた北斗は、俺が意地悪をしていたことに気付いて少し泣きそうな顔で眉を寄せた。
「樹、」
「今日は頼んねぇの?」
わざと、拗ねたように言ってみせると目をぱちぱちと瞬きさせながら俺を見た。俺の言葉の意味をなんとか理解しようと頭をフル回転させている。
意味を汲み取ろうと、必死だ。
俺が深く話さなくても、北斗は俺の事を理解してくれる。だから、俺が多くを話す必要はない。
「俺はいいよ」
その一言だけを言い放った。
あの時、突然帰ってしまったこと以外、嫌じゃなかったこと。北斗が俺にしか頼れないという優越感。もう何回しても変わんないだろ、という楽観的な考え。そういう全てが判断を鈍らせているとは思う。
呆然としたままの北斗の顔を見ていると決心が鈍りそうで、首を傾げて眉を寄せて答えを急かす。やっと気づいたのか、目を見開いた北斗がこくこくと何度も頷いてみせた。

寝室から持ってきたローションを片手に、リビングに戻ると北斗は緊張しているのかぎこちなく俺の顔を見上げた。何とも言えない雰囲気に自分から持ち掛けたとはいえ、なんと声を掛けていいか分からず、北斗の前に座るとローションを傍らに置いた。
「酒は?いる?」
「俺は、大丈夫、」
北斗は首を振ると俺の腕を掴んで、じっと目を見てくる。求められていると分かるほど、俺の顔を熱っぽく見詰めて、それがやけに色っぽくて言葉が出て来ない。
北斗が、樹、と吐息交じりに名前を呼ぶと至近距離に唇が迫り、捕らえられた。

「ん、……あ♡」
北斗の手が俺のを扱いている。俺が持ってきたローションのお陰で、ぬるぬるして気持ち良い。他人の独特の手のリズムがもどかしくもじれったく、触られているという実感が湧く。またリビングでこんなことしているという背徳感で煽られて、気持ちを高ぶらせる。目の前にいる北斗の肩に凭れながら、ちゅくちゅく水音を立てて自身を弄られているそれに、聴覚までも刺激される。ローションが垂れてずらされているだけの下着にローションが染みていく。
快感に集中して閉じていた目を開くと、俺の顔を覗き込むように見ていた北斗の視線と合わさった。目を細め、愛しそうで、欲情した目が俺を見ていた。
なんとなく負けている気がして、俺も北斗の自身を握っている手を少し強めに扱くと、北斗の肩がびくりと揺れた。
近くで熱い息が吐かれて、勝手に身体が跳ねる。呼んだ時には抜き合いなんてするつもりはなかったのに、この状況に快感を煽られている。
カリを引っかけるように扱かれて、思わず熱い息が漏れた。
「きもち、い」
「俺も、じゅり、」
俺の手の中で大きくなっている北斗の筋が、どくどくしている。実際に、こんなにバキバキにしているのを見ると、勃起しないなんて嘘なんじゃないかと思ってしまう。一週間溜めているからか、手の中のそれは今にも爆発しそうだ。
すり、と肩に擦り寄れば、北斗の手に力が入って強めに扱かれ、太ももが震えた。
「ほく、と、イキそ、……っ♡」
「、っ」
亀頭を中心に扱かれて太腿がプルプル震えている。もう少しでイキそうで、思わず甘ったるい声が出た。
「じゅ、り」
吐息交じりに名前を呼ばれ、そのまま唇を塞がれる。生暖かい舌が入ってきて好き勝手に這って、舌を吸われる。
俺もキスに応えて絡ませると、自身を強めに扱かれて、もう限界だった。
瞼の裏、ちかちかして身体が震えると呆気なく北斗の手にびゅくん、と精液を出してしまった。俺を包んでいる北斗の手が熱くて、もう出たのに、精液を出し切らせるためか何度か扱かれる。北斗の肩に縋りつくように服を握り締めると北斗の息が震えた。北斗もイキそうなのだろうか。
自分だけ必死で、北斗のを扱く手が疎かになっていた。どちらかというとそれが目的だったのにと、北斗自身を包んでいる手の動きを再開させた。ガチガチになっていたそれは、何度かカリを引っ掛けながら扱いていると、段々と北斗の息が荒くなり、ぶるりと北斗が震えると同時に、手の中でびくびくと震えて熱いものが溢れた。
俺の手の中で北斗がイッたのだと分かると、北斗と同じように出し切るようにと亀頭を中心に扱いてやる。ぶる、と北斗が震えると、「あ、」と情けない声を漏らし、慌てて手を止められた。気持ち良さそうに息を吐き、余韻に浸っている。
「樹、」
「ん……っ」
荒い息を吐きながら、突然唇を食まれる。歯を立てられているのに甘ったるくて、恥ずかしくなるほど愛しさが籠っている。眉を顰め、北斗の肩を腕で押して身体を離させると、名残惜しそうな北斗の目を避けてテーブルの上にある箱からティッシュを何枚か抜いた。
「……北斗も拭けよ」
「ああ、ありがと」
自分の分とは別に、何枚かティッシュを抜いて北斗にも渡すと、まだ余韻に浸っていたかったのだろうか、渋々といった感じで受け取り、掌に広がった俺の精液を丁寧に拭きとっていく。
俺が急かしたにも関わらずその姿を眺めていると、この異常な状況に、平静を装っているけれど興奮している自分が居た。
くらくらしたまま自身を拭いてローションが染みた下着を穿くと、濡れているし気持ち悪いのにそれがやけに生々しくて、今出したばかりなのに中々性的興奮が抜けない。
ちらりと北斗の方を見ると北斗もズボンを穿き直していて、俺の視線に気付いたのか俺を見た後で息を詰まらせた。
「……っ樹、なんて顔してんの」
「なに、……どんな顔?」
「どんな顔って、」
ごくり、と唾を飲む音が聞こえる。そんな、創作の中でしか見たことのないあからさまなそれに、現実でもするやつがいるのかと、思った後で北斗の手が伸びて来た。
頬に手を添えられると顔が近付いてきて唇が触れる前、少しだけ躊躇して、そしてキスをされた。
至近距離にある顔が切なそうに眉を寄せていて、目が潤んでいる。
「なんだ、よ」
「俺、本音を言うと樹を抱きたい」
「は?」
突然落とされた爆弾に呆然とし、情けない声が出た。申し訳なさそうに北斗は顔を離すと、少しだけ乱暴に自分の髪を掻いて、顔を見られたくないのか前髪で目を隠して大きく溜め息を吐いた。
「そういうこと、だよ」
「……なんだそれ」
「樹に対しての気持ちを、……言葉にしたら軽くなりそうで、言葉にしたくない」
「……わかりづら、」
そこまで言われたら、確信を言わなくてもなんとなく予想は出来る。俺の事を避けていたのは、あの時が気まずかったからだけじゃないのかと、やけに納得いってしまう。自覚するのに、時間が必要だったのか、それすらもまだ、手探りなのかもしれない。
「あれから、気持ちが大きくなり過ぎて、俺、」
「……馬鹿だなお前」
不器用すぎる。そして、下手くそで回りくどくて、一人で悩んで、苦しんで、本当に愛しいやつ。
「つーか、それなら俺をおかずにすればよかったじゃん、なんでしないんだよ」
「……流石に罪悪感で無理」
その融通のきかない、真っ直ぐなこいつの性格が、俺は嫌いじゃない。
「……お前重いよな」
「重いとか、言うなよ、傷付くだろ」
「でも、嫌いじゃない」
「樹、」
情けない顔をした北斗の頬をぶにっと顎から掴むと、変な顔になった男前の顔をみて笑い、そして引き寄せてキスをしてやる。北斗はきょとんとした顔をしていて、今にもその目に溜まった水分を、こぼしそうなくらい目を大きくしている。
「……恋愛感情かどうかよく分かんねぇけど、お前のことは、まぁ、俺も大事だから、いいよ」
いいよ、という言葉が何を指しているのか直ぐには分からなかったのだろう。北斗は自分が言った言葉を思い出したようで、息を止めた。
「樹、何言ってるの、分かってる?俺、」
「……撤回する?」
「しないで、いい、しないで」
俺の指をきゅっと北斗の指が遠慮がちに握り、俺の目を見つめてまだ様子を伺っている。俺はまた顔を近付けて北斗の鼻に鼻を擦り付けると、北斗は息を止め、その後で唇が柔らかく重ねてきた。
遠慮がちなそのキスはまるで初恋のような甘酸っぱさがあって、心が乱される。唇が離れると、覗き込んでくる目が愛し気で不覚にも、胸が苦しくなった。
「……でもいきなりすぐにはケツ使えねぇからな」
「っ……!ケツとか、言うなよ!」
顔を真っ赤にして俺から顔を離すと、手で顔を覆って俺に見えないように隠した。そんな風に真っ直ぐに反応する北斗を見て、俺まで純情な気持ちに吞まれてしまいそうだ。
今までお互い人並みに恋愛してきたはずだ。それなのに、抜き合いだってした筈なのに、こんな気持ちになるなんて、やっぱり北斗に当てられているのかもしれない。

顔を覆っていた手を外した北斗が、顔色を窺うように俺の顔をちらりと見てくる。

俺は下ろされたその指先に気持ちを確かめるように指を絡ませると、
北斗は俺のその指を、離さないようにと、きゅっと握った。

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