忘れようって言っただろ

「樹、あの、相談したいことが、あるんだけど……」
楽屋のソファーに座ってスマホを扱っていると、隣に座った北斗から話しかけられた。その真剣な声にスマホから顔を上げると、いつになく神妙な面持ちで俺の顔を窺うように見ている。今までにない北斗の真剣さに面食ら、まじまじその顔を眺めると気まずそうに目を逸らされた。
そんな顔をするほど困った状況にでも陥っているのだろうか。眉間に皺を寄せながらテーブルにスマホを置いた。
「……良いけど、今から?」
取材で数分後には楽屋を出なければならない。それなのに北斗が言いだしたこのタイミングが良く分からず、戸惑ったまま答えたけれど、北斗は始終気まずそうに手遊びをしている。
「いや、今じゃなくてこの後……や、やっぱりいい」
「おい、いいから、聞くって、折れんの早いよ!」
俺の返事が遅かったことでじわじわ言ったことさえ後悔し始めたのだろうか。心が折れてしまった北斗は突然立ち上がり、楽屋のドアに向かい出ていこうとした。それを見て俺も慌てて立ち上がり、ドアノブに手を掛けた北斗の腕を掴んで引き留めた。
振り返った北斗は、捨てられた犬のような目をしていて、いつもと違うその様子に戸惑いしかなかった。
恐る恐る俺の目を見た北斗が、縋るような目で口を開いた。
「……じゃあ、今日樹の家行って良い?」
「え?俺んち?い、いいけど……」
今まで頑なに俺の家に来たがらず、いくら誘っても来ようとしなかった北斗が突然家に来ると言い出した。予想外の事が起こりすぎて呆気に取られながら生返事をすると、安心したのか北斗は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとな、……一旦家帰ってからタクシーで家行くから」
「ああ、……分かった」
「……内緒にしてくれると、助かる……」
いつだったか、雑誌のインタビューで北斗が家に来たらメンバーに自慢すると、言っていたことを覚えていたのだろうか。釘を刺されてしまいばつが悪く、分かったよ、と口を尖らせて返したところで丁度楽屋のドアがノックされた。スタッフの人が呼びに来てくれたのだろう。そのままドアを開けて対応し、二人で取材がある別室に向かった。

仕事が終わり、マネージャーから家に送って貰い、部屋に帰り着いた。
カバンを机の上に置いてからキッチンに向かい、冷蔵庫を開けると水を取り出し、キャップを開けて一口渇いた喉に水を流しこんだ。変な緊張をしているせいで、ふう、と溜息が漏れた。
北斗がやけに真剣な顔で重苦しく相談したいというものだから、何を言われるのだろうかと勝手にもやもやしてしまう。それをかき消そうとリビングに戻ると、カバンに入れていた煙草を取り出した。
取り出したところで、風呂に入ってから吸うか、吸ってから風呂に入るかを考えた。北斗はどのくらいで家に来るのだろうか。風呂に入っている間に北斗が来た時のことを考え、俺が出なければすごすごと帰ってしまいそうだし、北斗が帰った後か、そのまま泊っていくようなら適当に入ればいいかと、煙草を吸うことと優先することにした。
ベランダに出ると、少しずつ暖かくなってきたこともあって、夜風が心地よく、手摺に寄り掛かりながら煙草を咥えた。ライターで火をつけて煙を吸い込むと、悩みを吐き出すように吐き出す。気休めかもしれないけれど、少しだけ頭はスッキリする。
暫くそうやって煙草を吸っていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。口に咥えていた煙草を指で挟み、スマホを取り出してメッセージの通知を確認する。
家を出たとか、そのくらいの連絡だろうと思っていたら『もうすぐ着く』とメッセージが来ていた。あまりに急いでいる北斗に、嫌な予感がする。色々と最悪な相談を想像してしまった。
実は付き合っている人がいて、とか、体調が悪くて病院に行ったら……とか。胸騒ぎを抑えながら煙草の煙を一度大きく吸い込んで、吐き出して落ち着こうと試みてから振り切るために煙草を灰皿に押し付けた。
リビングへの戸を開けて部屋に戻ると、落ち着きなくソファーに座ったり立ち上がったりを繰り返し、最終的にはクッションを抱きながら部屋をうろついた。
「……あー、落ち着かねぇ……」
そわそわ、スマホをで時間を確認してからポケットに入れて、インターホンをチラチラ見る。けれど、俺が構えてしまっていたら北斗が言いにくいかもしれない。そう思って気晴らしにテレビを点けようとテーブルに置いているリモコンを手に持った。
その瞬間ピンポーン、と高いインターホンの音が鳴って、テレビを点けることなくリモコンをテーブルに置くことになった。

 

楽屋で落ち着きなく相談を持ち掛けて来た時の北斗より、部屋に入って来た彼はかなり落ち着きを取り戻しているように見える。とはいえ、初めてうちに来たせいか、きょろきょろと部屋の中を見回している。
北斗にしては少しだけ大きめのカバンを手に持っているから、泊まるつもりなのかもしれない。相談の事が気に掛かっていることを気付かれないように、冷静を装い、北斗をリビングに残してキッチンに向かいながら「珈琲でいいか?」と声を掛けた。
「あー、ありがとう。ごめんな。いきなり」
「いや、別にいいけどさ」
頼られるのは、正直嬉しい。まあ、突然の事だったから驚きはしたけれど、嫌だとかそんな風には思わなかった。
インスタントの珈琲を適当にマグカップに入れ、ケトルで温めたお湯を二人分注ぎいれる。それを手に持ち、リビングに戻ってテーブルの前に座っている北斗の前に置いて、俺も近くに腰掛けた。
北斗はマグカップを手に取ると一口飲み、温かい飲み物にホッと安心している様子だ。俺もそれに安心して気付かれないように微笑むと、マグカップに口を付けて珈琲を飲みながら切り出した。
「……で?北斗の相談って、なんだよ」
「……あー……」
切り出しにくいかもしれないと、こちらから尋ねてみたが北斗は言葉を濁して、マグカップをテーブルに置いた。
「……できれば俺の見ずに顔見ずに聞いてほしいんだけど」
「は……?あー、じゃあ、目ぇ瞑るわ……」
そこまでする理由は分からないが、そうしないと言いづらいならまぁ仕方無いのかもしれない。そう思い、自分もマグカップをテーブルに置き、目を瞑った。
当たり前だが目を瞑ったら何も見えない。北斗の溜息を吐く音と、その後気合でも入れたのだろうか、息を吸った音も聞こえた。
「……最近、忙しくてさ、俺、彼女も随分いないじゃん?」
「そうだな、そんな話大分聞いてないな」
彼女、と聞いて少し身構える。別に、彼女がいようがいまいが北斗の勝手だが、スキャンダルを想像してしまい、内心焦る。それ以外は心配はあまりしていない。北斗が女遊びしているのが想像できないからだ。そもそもそういうのが苦手な人間で、近い間柄になるのもかなり人を選ぶし友達も多くない。
俺は北斗よりは警戒心がそこまで強くはないから、その場で仲良くなったりが出来る人間だ。それでも、気の許す友達と遊ぶことが殆どだけれど、所謂陽キャと言われるタイプの人間が周りに多い俺と違い、北斗の友達は大人しいタイプの人間が多い。本人が騒ぐようなタイプではないから当たり前なのかもしれないけれど、飲み会のそういう場のノリで女の子が来たりなんてしないだろうから、俺より圧倒的にプライベートで女性と出会う機会はほぼゼロに等しいだろう。
「それでよ、忙しいし最近大分してないな、と思ってさ、」
思ってもみなかった方向に話が流れ、思わず「え」と言葉が漏れる。女性関係、っていう訳では無いらしい。少しホッとしつつも俺は眉に皺を寄せた。
「……待って、俺コレ何聞かされんの?」
「……それでさ、久しぶりによ、その、自慰を、しようと思ってさ」
「……無視すんなよ、いや流れで、だろうなとは思ったけど。まぁ溜まってたら身体に悪いしな……」
言葉を選びながら話す北斗の声を聞きながら、フォローをしつつ北斗の話に相槌を打つ。中々確信に行かない話の流れに、まるでラジオで話しているのを聞いているようだとさえ思った。
「……お気に入りのやつとかあるじゃん。まあ、それはいいんだけど、で、それ見ながらさ、」
「……したんだろ、で?」
「勃たないんだよ」
「は?」
その言葉に思わず変な声が出た。慌てて顔を上げると、机に肘を突いて項垂れている北斗の姿が目に映った。ちらり、ばつが悪そうにこっちを見た北斗は今まで見たことが無いくらい情けない顔をしていた。
「勃起不全ってやつ……?まー、勃たないんだよ……」
「……それは、なんていうか、……割と深刻じゃね?」
最初は冗談かと思い、笑ってやろうかと思ったけれど、頭を抱える北斗に、これは笑い事では無いと同じ男として深く同情した。
はぁ、と溜息を吐いた北斗は机に突いてた肘を退けると、後ろに手を突いて天を仰いでいる。
俺はご愁傷様……と可哀そうに思いながら、哀れな目の前の男を眺めていると、身体を起こした北斗が捨てられた犬の様に見えた。
手を伸ばして肩をポンポンと叩くと、北斗は苦笑いした。
「……それでさ、相談があってさ……」
「おお、俺が出来る事ならやってやるよ」
「……俺たちの初のツアーの時のこと、覚えてる?」
その言葉を聞いて俺は思わずびくりと身体を震わせ、肩に置いていた手をすぐに引いた。
「……おい、ちょっと待て、それお互い忘れるって、約束しただろ」
覚えているも何も、忘れようとしているのを思い出させる奴がいるかよ、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
あの時はお酒が入っていたこともあったし、ライブの余韻で興奮していたせいで起こったことだった。忘れようと記憶の奥深く仕舞い込んでいたものをいきなり引きずり出されてしまい、顔が勝手に熱くなる。
興奮して眠れなくて、ライブ中のお互いの色っぽさとか、そういうのに当てられたということがあったのかもしれない。お互い、男同士のキスとか、そういうものを匂わすことに反響があることは重々承知で、だからこそ俺はあまりスキンシップに抵抗は無くて、北斗も心を許していればスキンシップは嫌いではなくて、素面ではもちろんそんなことはしないけれど、アルコールとライブ後の余韻が大きかったと思う。冗談で潜り込んだ北斗のベッドで眠そうな北斗に噛みついていると、そういう雰囲気になってなんとなく、キスをしてしまって、お互い彼女がいないこともあって、久しぶりのそういう感覚に興奮し、所謂抜き合いをしてしまったのだ。
次の日起きてからの後悔は強いし、恥ずかしくてお互い忘れようと話したことで、完結していた話だったはずだ。
「……忘れようって言った。ちゃんと覚えてる」
「じゃあ、なんでいま、その話……っ」
「……いまこの状況だから、言ったんだよ」
頭が混乱している。何故いまその話をしたのかすぐには直結せず、北斗の顔を眉を寄せて睨む。北斗は少し困った顔をした後、ここまで言ったのだからと腹を括ったのだろう。溜息を吐いてから、前髪が長かった時の癖だろうか、短くなった髪を掻き上げた。
「……立たないって、分かった後、色々試した。分かって直ぐに樹に言ったわけじゃない」
「……まあ、わかる、けど、恥ずかしいもんな、でも、」
北斗の事だからあらゆることをして、人に相談するまでにはいかないように頑張りはしただろう。なるべく人に相談したくはない内容だ。どうしようか色々試して考えて、あの時のことを思い出したのかもしれない。それでも一度忘れようと言ったことをわざわざ掘り出すということは、かなり切羽詰まっているのだろう。
「……どんくらい出してないんだよ」
「……一か月、経って出してないって気付いて、それから色々試して、一か月、くらい経った」
「は?二か月……?そんなに……?」
健康な成人男性がそこまで出していないのは、確かに異常だ。藁にもすがる思いで俺に持ち掛けたんだろうと思うと、言葉に詰まった。そりゃあ、同じ男として同情はしている。でもだからって良いよとは直ぐには言うことは出来ない。
「なんで、」
「あの時の、あれが、今までで一番、気持ち良かったって思い出して、」
「……っおま、え」
それを、いま出すのは、卑怯だと思った。
確かに酔っていたし、興奮していたからか、かなり気持ち良かったことだけは鮮明に覚えている。布団の中、肌に噛みついていると北斗の低くて荒い息遣いがすぐ近くに聞こえて、そういう気分になってきて、じゃれ合って、お互いの高ぶりに気付いてしまうと止まれなくなった。
耳元で北斗から、お互いのを触る?なんて吐息交じりに提案されて、興奮してしまった俺に断る選択肢はなかった。北斗の色気は男でもぞくぞくするからだ。
どっちが上とかなくてもいいのに組み敷かれる体勢になられて、文句を言う前にそれを擦りあわされてひどく興奮したのを思い出した。
卑猥な記憶を思い出して、顔が赤くなっているような気がする。北斗は俺の言葉を待ってか、こちらを窺うように見ている。俺はその目から逃げるように目を逸らすのに、視線がずっと痛い。
北斗も相当な覚悟を持って来ていることは分かっている。縋るような思いでなければこんなことを言うはずがない。俺は溜息を吐くと、言葉を絞り出した。
「……抜くのは、分かったけど、素面、じゃ、無理」
「……それは俺も、一緒」
ダメだとわかっているのに、あの時の事を忘れようとしていたのに、勝手に身体はぞくぞくしてしまう。その事を知られたくなくて目を合わせられない。
何とも言えない背徳感と快楽は、脳内麻薬が出まくって気持ち良くて、甘く俺の胸を締め付ける。北斗の顔は見られないのに、嫌だとは思ってはいない。けれど、あの時と今ではかなり状況が違う。行為をしてしまえば俺達はきっと一線を超えてしまう。今までの関係ではいられないということに、頭の中では警報が鳴っている。それなのに、助けてやりたいと思ってしまう。
「……酒飲む?」
俺がそう提案すると、北斗はじっと俺を見ている。その表情は期待なのか不安なのかが良く分からなくて、返事をしない狡い北斗を睨むとその場から立ち上がった。
北斗をリビングに置いてキッチンへ向かい、冷蔵庫の前に立つと、扉を少しだけ乱暴に開いてビール缶を二本取り出し、また荒々しく閉めた。
冷えた缶を手に持ちながら、北斗が頼ってくれたことに応えたいと思う反面、まだ戸惑っている。
ビールを持ってリビングに戻ると北斗が少しだけ冷えた珈琲を飲んでいた。
その北斗の前に缶ビールを置くと、北斗の顔を見られていないまま何も言わずにプルタブを開ける。ちらりとこちらを窺う北斗も、ビール缶を手に取ってプルタブを開けた。
缶に口を付けるとアルコールを喉に流し込む。ビールの炭酸が喉を刺激し、頭をぐるぐるしている振り切れない思いを、流しこむ。缶から口を離すと、いつの間にか近くに寄ってきていた北斗が視界に入った。
空きっ腹に飲んだせいで少しだけぐらりと揺らぐ意識のまま、北斗の顔がそのまま近付いてきて唇に触れたことで漸くキスされたことを知った。
「……ん、ん、」
驚いて吐息を漏らすと、北斗が少しだけ荒い息を吐きながら唇を何度も重ねる。熱い吐息を漏らしながら唇が離れると、何処と無くあの日、あの夜の北斗の目と似ていることを思い出した。
「俺、本当にどうしたんだろうな」
北斗のビールの缶は視界の端、テーブルの上にいつの間にか置かれていて、独り言のように呟いた北斗が俺の頬を撫でる。
必死なその顔を見ていると、あの北斗が俺に興奮しているという事実に、誰に対してかは分からないけれど優越感を湧いた。
北斗が踏み越えようとそのラインを超えてきたことで、簡単に俺の気持ちは吹っ切れた。悪いのは北斗だ。俺は責任を持たなくて良いと他人のせいにして、持っていたビールをもう一口、口に含むと、俺をじっと見ていた北斗の唇を、今度は俺から塞いだ。
口に含んだビールを北斗の口内に送り込んで口を離すと、眉を寄せた北斗に後頭部を掴まれ、引き寄せられて唇を塞がれ舌を入れられた。舌を絡めとられ、生温かい舌が口内を這いまわる。舌を吸われて、上顎を舌でなぞられぞくぞくと背中に快感が走った。
角度を変えて唇を貪られ、主導権を握られてどんどん距離を詰めてくる北斗に悔しくなり、手を伸ばして北斗の下半身に触れると、しっかりと布の上からでも分かるくらい主張していた。
立たないと言っていた筈だ。そう思って確かめるように撫でると、北斗は驚いて唇を離した。
「え、」
「……勃起不全、だ……?しっかり勃起してるじゃん」
「……いや、自分でも驚いてるのよ、俺も」
流石に恥ずかしいのか、ごにょごにょと言いながら俺が持っていた缶を取られて机に置かれてしまった。そしてまた顔を寄せてくる。そうやって、熱い息吐きながら唇を食まれると、不思議と身体が熱くなってくる。
北斗の肩を押して身体を離させようとすると、勃起が継続しなくなるかもという不安でもあるのか、情けない顔をして俺を見てくる。
「……触ってやるから出せよ」
挑発的に俺が言うと、嬉しさと恥ずかしさが混じったような顔をするくせに照れはあるらしく、ズボンに手を掛けたところで、あのー、と小さな声で北斗が言った。
「……電気暗くして良い?」
「おま、女子かよ」
「女子は勃起しねぇだろ」
あーうるさいうるさいと、言われた通り、間接照明を点けてからリビングの電気を消してやると、薄ぼんやりとした部屋がやけに雰囲気が出てしまい、ちょっと居心地が悪い。俺が目の前に座ると北斗がズボンと下着に手を掛けてから俺を見た。
「樹、……まさか俺だけ脱ぐとか言わないよな」
「……は?なんで俺も脱ぐんだよ」
「あー……そういうこと」
北斗がそこで勝手に納得して頷いているのを見て、俺と北斗の食い違いにやっと気付いた。俺は北斗は手で抜いて欲しいんだと思っていたが、北斗は本当にあの時の様に抜き合いをするつもりでいるようだ。
「樹、お願い。萎えちゃうから早く」
「はぁ!?お前、そんな催促の仕方あるかよ……っ」
「じゅりぃ……」
「ま、じかよ……」
もうここまで来たら恥もないのか泣きそうな顔で懇願されて呆然とする。じゅり、と明らかにひらがなで名前を呼ばれ、泣きそうな声で服を引っ張られた。
「あぁ!分かったよ!てめぇもさっさと脱げ!」
「てめぇはやめろよぉ……」
情けない声は無視してもうどうにでもなれと、ズボンと下着を脱ぐと、北斗も下着とズボンを脱いだ。間抜けな格好をした成人男性が二人、思わず直視したくなくて目を逸らすと、顎を掴まれ、北斗の方にまた顔を戻され、唇を奪われた。
次はわざとらしく水音を立てながら口内に舌を入れてきて、舌を吸ったり唾液を絡ませたキスをされる。それに気を取られていると、片方の手を取られ、北斗自身に手を導かれる。俺は腹を括り、仕方なくそれに触れた。
緩く勃起したそれは少し柔らかい。これでも、北斗に取ったら勃起している方なんだろう。あの時触ったガチガチな北斗のとは確かに違った。
貪るようなキスは、何故か興奮してしまう。女性と違う感触や荒っぽさに、嫌な気はしない。舌を吸われて思わずくぐもった声を出すと、一層キスを深くされる。
俺を導いた手は、次は俺の下半身に這わせられる。いやらしく足をなぞるように触られて、セクハラオヤジかよ、と心の中で悪態をつきながらも、焦らされると急いてしまう。足の根元をなぞられ、そのまま俺自身に手を這わせられるとゾクゾクした。
恥ずかしながら俺も緩く勃起しているが、北斗もそうだから恥ずかしくはない。そのままゆっくり扱かれ始めれば、自分も北斗自身をゆっくりと扱き始めた。
久しぶりだからなのか、北斗の身体がびく、と揺れた。俺はそれに気をよくしてカリに引っ掛けるように扱くと、吐息を漏らしながら北斗が唇を離した。
「樹の手、気持ち良い、」
その言葉に、びくりと身体が震えた。低く艶めかしい声で、なんでこいつこんなにエロいんだよ、下半身にきてしまう。
「……北斗も、ちゃんと、扱けよ、」
確かめるように触ってくる北斗の手が、自分と違って大きくて熱くて、あの時気持ち良かった記憶に引き摺られてしまう。
俺に言われて少しだけ笑った北斗がゆっくりゆっくり扱いてくる。その指がもどかしいのに気持ち良くて、勝手に息が荒くなる。
この状況に興奮しているなんて、変態かよ、と頭では思っているのに、お互いの荒い息遣いの中、足が勝手に震えてくる。
北斗も俺の手に息を震わせている。先端から先走りが出ていて、それを指に塗り付けて亀頭を何度も擦ると、俺自身を扱いていた手に少しだけ力が入って俺のを強めに扱かれる。俺はその刺激に身体が震えてしまう。
「ほ、くと……」
「は、可愛い、」
また、キスで唇を塞がれる。可愛いって、なんだよ、ふざけんなって悪態を吐きたいのに、扱かれてとろとろになってしまう。
北斗も貪るようにキスをしながら扱いてくるから、もうかなり限界なのだということが分かった。
「樹、俺、……出る、」
「待て、ティッシュ、」
出されてもカーペットに落とさないようにと、きゅっと亀頭を持つと、もうその刺激でダメだったのか、びくびく北斗が震えた。波打った北斗の自身から、俺の手の中に精液が吐き出された。
びゅくびゅく、と手の中に生暖かいものが広がる。待てと言ったのに、と思いつつも久しぶりの射精で我慢できなかったのだろうと自分を納得させる。
北斗は荒い息を吐きながら、俺の目を覗き込んでまたキスをしてきた。その、キスの意味が分からなくて呆然としていると、ティッシュを引き寄せ、箱から数枚抜き取って俺の手の中に渡された。
俺はハッと我に返り、そのまま掌を拭いていると、北斗の手が俺自身を扱き始めた。びくっと身体が震え、拭き終えた手で北斗の手首を掴むのに止まらず、亀頭を中心に扱かれた。
「あ、も、お前、イッたから俺は、いいよ、」
「俺だけだと悪いだろ、」
制止しようとするのに、またキスで唇を塞がれて強めに扱かれると、もう限界だった。舌が絡まって、甘くて蕩けるみたいな快楽に抗えず、身体がビクビクと震えてせり精液が上がってくる。慌てて北斗の手首をぎゅっと握った瞬間、頭の中が真っ白になった。自身が波打ち、びゅくびゅくと北斗の手の中で出してしまった。
「……樹、気持ちよかった……?」
イッた余韻で足が震えて、息を吐いていると囁くような声が聞こえて、また身体が震える。
「は、うっせ、ん……っ」
何度もキスをされ、俺はそのキスから逃れるために、顔を逸らす。これ以上キスをする必要はないだろうと、肩を押して離させた。ただ、その顔は少し悲しそうに見えた。その目を直視できず、下着とズボンを引き寄せながら尋ねた。
「……あー、お前、泊ってくの?風呂シャワーだけど……」
突然話を変えた俺に、北斗は戸惑いながらも、考えるように少し黙ると頭を掻いている。
「あー……その、つもりだったんだけど…」
そう言って気まずそうな声を出した北斗は、首を振った。
「……やっぱり、猿みたいになりたくないから、帰るわ」
そう言った北斗がティッシュで手を拭くと下着とズボンを穿き始める。俺はその言葉の真意がどういうことか分からない。
「……は?どういう、」
「いや、俺自分の事怖い。帰るわ。手だけ洗わせて」
俺の言葉を待つこともせずにそそくさと洗面所に向かった北斗の背中をぽかんとしたまま見送ると、水道の音がして暫くして、玄関に向かう足音がした。
ズボンと下着を慌てて穿き、追おうとリビングの扉を開けるけれど遅かったようで、玄関のドアがバタンとしまった。
「はぁ~~!?」
慌ただしく帰って行った北斗に、思わず大きな声が漏れた。
信じられないとリビングに戻ってスマホを手に取るが、俺が電話するより先に、ごめん、ありがとうとメッセージが入った。
先に謝られたら怒れねぇじゃん、とスマホをソファーに投げると、その感情のやり場に困り、頭を抱えた。

気持ち良かったし、嫌じゃなかった。キスも、好きだった。
それが、なにより頭を離れなくて、一人でリビングで唸ってから、テーブルの上に置かれた中途半端にぬるくなったビールを手に取り、北斗の分も呷った。

明日、明日会ったら何も言わずに殴ってやろう。
それで忘れてやろうと、テーブルに空になった缶を置いて、洗面所に向かった。

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