「もう無理」
震える声で樹が言った。これで何回目だろうか。そろそろまた言われるだろうと分かっていた事もあって冷静でいられた。
「俺、やっぱり、自首する」
全てを諦めて、そして受け入れた樹が溜息を吐いて痛々しいくらい自嘲気味に笑った。
「怖い」
ベッドの端に座った樹が、俯いて暫くするとしゃくり上げながら泣き始めた。肩を震わせてせき止めていたものが溢れだしたように、ぽたぽたと樹の手を握っている俺の手に涙が落ちて来る。
その涙も、この手も汚い訳が無い。綺麗だよ。お前には汚いところなんて何もない。
「ダメだよ」
「っ……な、んで」
「樹が傍にいないと俺、死ぬから」
「死ぬとかっ……ふざけんな、」
死に、敏感になっている樹にこの言葉は嫌だろうけど、俺がそう言えば樹は俺から離れられない。
歪でも良い。間違っていてもいい。俺を助けるつもりでも俺を求めてくれるなら構わない。
拒まれることが何より怖いはずだから。
今日も、樹を宥めて安心させて、寝かせる。
俺の、役割だ。
樹とは高校の時に仲良くなった数少ない友人だ。
俺は必要な人が周りに居れば良いというタイプの人間で、樹も特定の人間とは居るものの人当たりが良く、世渡り上手な人柄だ。大事な友人以外には必要最低限しか話さない俺と違って、誰とでも仲良さそうに話す樹に、俺は憧れていた。
友達が少ない俺に、屈託なく勉強のことで話しかけてくれたのが最初だったと思う。それでも警戒心が強い俺は嬉しいのにも関わらず上手く返せず、すぐに彼と打ち解けることが出来なかった。それでも、話しかけて来てくれたことが凄く嬉しかった。
俺がそっけない返事をして秘かに後悔していても、その後何事も無かったように普通に話し掛けて来てくれて、それから徐々に言葉を交わすうちに真逆の俺たちは何故か意気投合するようになった。お互い今まで仲良くなったことが無いタイプで色んな事が新鮮だったのかもしれない。小説が読んでみたいと言った彼に飽きないように薄く、読みやすい本を探したり、樹がお気に入りのアーティストを厳選してリストを作ってくれたりして、そんな刺激がとても楽しかった。そうやって言葉を交わしていくうちにいつの間にか一緒に居ることが多くなっていた。
当時、俺には中学から付き合っている他校の彼女が居て、それを知った樹に付き合っている人の恋愛相談をされたことがあった。俺はそれに驚いたのを覚えている。
誰とでも仲が良い樹が特定の誰かと付き合っていることが想像出来なかったし、なによりオープンな彼が付き合っている人がいるのを公言していないのも不思議だった。
その違和感は後から分かるのだけれど、とにかく高校から俺たちは仲が良くなって、それは別々の大学に入ってからも続いていた。
お互い考え方が違うという事には凄く刺激があった。自分が導き出せない答えを出してくれる。どんづまっていた考えや悩みを正しい道に戻してくれるように話すだけで簡単に解消してくれた。
樹もそれは同じらしく、悩み事がある事を話してくれて、俺が思ったことを話すと樹は目から鱗が落ちそうなほど目をまん丸くしてぱちぱちと瞬きをした後で自分の悩みがちっぽけに思えたのか嬉しそうに大笑いしたこともあった。
樹がどうかは分からないけれど、俺にとって樹は居なくてはならない存在になっていた。
大学に進む前には中学の時に付き合っていた彼女とは別れていた。そもそも、本当に彼女の事が好きだったのかも良く分からなかった。一緒に居て疲れず、ドキドキは無いけれど話が合う。そんな子だったから長くは付き合えたとは思う。けれど好きというよりも愛着が沸いていたというべきかもしれない。周りに流されていた学生時代だったから普通でいなければ出た杭は打たれるものだと幼いながらに分かっていた。歳の割には静かな俺は人より進んでいれば変に目を付けられる事は無いだろうと彼女を作り、下に見られることを回避しているに過ぎなかった。彼女も段々とそれを理解してきたのか、高校の終わりごろには好きな人が出来たと言われて会わないまま終わってしまった。
樹にも、付き合っている人がいるということぐらいしか分からなかったけれどたまに話を振ると、別れた、と言ったり、たまに惚気な様なものをぽろっと言ったことで新しい人がいることを知るくらいだった。
暑かった日だと思う。どんな用事があって街に出たのかは思い出せないけれど、ぶらぶらと街を歩いていたら樹が知らない男性と歩いてるのを見かけた。樹は俺に気付いておらず、なんとなく気になって後を追いかけた。自分達よりも年上の男性とどんな知り合いなのだろうかと気になったのだ。二人を尾行しながら、何度も自分が何をしているんだと、自問自答していた。
遠目からにはなるけれど暫く追っていると顔を上げた樹が俺が見たことない顔をしていて、衝撃を受けた。顔は取り繕ってはいるけれど、甘ったるく、にこにこと相手を見ているその顔は、明らかに好意を持っている人に向ける顔だった。
その時に、今まで恋愛相談をしてくれたけれど、どんな人かまでは言わなかったことが腑に落ちて、結局俺は動くことが出来なくなった。樹が見えなくなってから、踵を返して家に帰った。
俺は、その事がきっかけで樹という人間を好きになっていたことを自覚した。
長く付き合ううちに、憧れから好意にいつの間にか気持ちは変わっていた。友人としても好きだけれど、友人になっても尚、樹には憧れていた。寧ろ、友人になって色々知っていく中で惹かれるものが多くあったのだと思う。けれど、樹の例愛対象が女性だと思っていたからこそ気付けなかったのだ。男では俺が一番だと自負していたのかもしれない。
それが、どうだ。蓋を開けたらそうではなかった。対象は男だったのだ。どれだけ悔しかったか、俺のことは恋愛対象ではないと分かってしまったのだ。
そして、あの男性がなんなのか聞くべきかどうか、俺は迷った。言いたくないから言わなかったのだろうとそう思ったから、追求すべきではないのだろうと切り出せなかった。
会う度に目の前にすると聞けなくて、でも樹が言わないのなら聞かない方が良いと何度目かそう思うようなってしまった。聞いたところでどうなるのかと、変にぎくしゃくするよりは、ずっと片思いでも良いとそう思った。傍に居られなくなるくらいならと、そうやって逃げた。
そのまま何も言わずに過ごしていると、お互いテストやレポート提出で会わない日々が続いて、会うのが一か月近く空いた時だった。
久しぶりに会い、喫茶店に入ったときに樹の腕に、痣があるのを見付けてしまった。
高校の時ならバスケ部だったこともあり頻繁に痣があったこともあったけれど、久しぶりに見たその痣に、ぶつけたのかというより先に浮かんだのは樹の恋人の事だった。男同士だから喧嘩したらこう云う事もあるのかもしれないと思う反面、樹に恋人が手を上げたのかもしれないという考えが一瞬の内に浮かんでしまって、痣を見て固まってしまった俺に樹が苦笑いして痣を隠した。
「なんだよ、そんなに痣が気になんの?」
少しだけ気まずそうに笑った樹の顔を見てすぐに分かった。
「喧嘩でもしたのか?」
思わず出た言葉に、一瞬後悔した。考えもなしに出た言葉だった。いつもは考えて喋るこの口から咄嗟に出てしまうほど、俺は慌てていた。
「……あー、まあ、そうだな」
苦々しい顔をした樹の顔が俺の顔を見ないまま頷いた。
守りたいと思うのに、俺には介入出来ないことが、腹が立った。立ったけれど、だから何が出来ると云う事ではなかった。それが、悔しかった。
俺に相談するに値しないただの喧嘩だったのか、出来ない内容だったのかは分からないけれど言い出すのを待つしかない、俺はただの友人なのだ。
その日も、普通に食事して遊んで終わった。
何かあったら言えよってそのくらいのメッセージくらいしか送れなかった。
しばらく経ち、バイトが終わって家に帰り着き、風呂に入ろうかと思いながらソファーで一息ついているとスマホが震えた。マナーモードにしていたこともあり、最初はメッセージかとすぐには取らずにいるとバイブがずっと震えていることで着信だと気付いた。手に取るとスマホの画面には樹の名前があった。
どうかしたのかと胸騒ぎしながら通話をタップし、スマホを耳に押し当てるとしゃくり上げた声がスマホ越しに聞こえた。泣いているのだと気付くと今まで樹が見せなかった弱い部分に、慌てた。人前で弱さを見せるようなタイプではない。なのにそれを厭わず電話をして来たと云う事はそれほどの事があったのだとすぐに察した。
「どうした、樹」
『ほく、と、どうしよ』
「聞いてるよ、大丈夫だから」
『ほ、く、俺、刺し、ちゃった』
完全に気が動転していた。切れ切れに名前を呼び、息は上がって、今までに聞いたことが無いくらい苦しそうな声が聞こえる。
「相手は?息は?」
「、……っ」
「ないんだな、分かった。すぐ行くから」
「電話きんな……こわい……っ」
スマホから顔を離そうとすると樹の悲痛な声が聞こえた。心細いのだろう。再びスマホを耳に押し付けると分かった、と優しく声を開けながら外に出て、大通りでなんとかタクシーを捕まえて飛び乗った。
電話を繋いでいると言っても気が動転しているから住所を言えるかは分からなかったが、樹が恋人が居ない期間に家に行ったことはあったからなんとか記憶から絞り出して運転手に伝えた。移動している間樹は放心状態のようで、話しかけると返事はしてくれるものの心此処に非ずだった。
近くまで来るとコンビニで下ろしてもらって、樹が住んでいるマンションへと急いだ。
エントランスを通して貰い、部屋の前まで来たところで着いたことを電話口で伝えると突然樹が開けれない、と言い出した。
『北斗巻き込めない、やっぱ駄目だ、帰って』
現実味のない空間に居たのが、俺が来ることによって現実に起こった事なのだと状況を理解し始めたらしい。声は震え、どうしたら良いか分からないくらいにパニックに陥っている。ここで帰るわけには、行かなかった。
「お願い、樹開けて」
俺を頼ってくれたのが嬉しかった。
『だめ、北斗頼む、帰って』
苦しそうに懇願するその願いだけは聞けなかった。
「樹、お願いだ、開けて」
玄関のドアに頭を擦り付けて呟くと、暫くしてから通話が切れた。
無機質に鳴るその音に、絶望した。
溜息が漏れてドアから身体を離して動けずにいると、ガチャリとドアが解錠された音がした。建付けが悪いのか、ギィ、と重々しい音を立てて少しだけ開いたドアの隙間から樹が見えた。慌ててドアを押さえると樹が泣き腫らした顔を上げて俺の顔を恐る恐る見た。その目は、俺に縋りつきたいと俺しか頼れないと、言っているようで、こんな時に不謹慎だとは分かっているのに、ただ、ゾクゾクした。
樹の気が変わらないうちに樹を押し退けるようにして玄関へと入ると、樹が少しだけよろけた。部屋の中は真っ暗で何も見えず、玄関の電気を探って点けると樹は見られたくなかったのか消そうと電気のスイッチに手を伸ばしたけれど、俺は樹の腕を掴んで止めた。
明るくなると樹の着ていた白いTシャツは、ところどころ血しぶきを浴びたせいで赤黒くなっていた。それを直視したくなかったのか見られたくなかったのか、樹は怯えた目で手を震わせている。
初めて見る樹のその表情に、俺は、喜んでいた。
「ほく、と、俺、」
「樹、大丈夫だから、」
恐怖心から震えるその腕を引っ張り、その身体を抱き締めた。安心させようと背中を摩り、強く抱き締める。樹は、戸惑っていたけれど腕の中で少しだけ身体を落ちつけようとして、すぐにまた腕の中で身じろぎをした。
「血がつく、北斗も汚れる……っ」
必死でそう言った樹の身体が力なく肩を押すけれど、それを封じ込めるように俺がより一層強く抱き締める。戸惑いながらも、樹が肩を押すのを止めると縋るように肩の服を握り締めた。
「大丈夫だから、樹、落ち着いて。怖かったね」
優しく、語り掛けて背中を摩ると、やっと樹の体重が俺に掛かった。震えも少しずつ止まり、吐く息も落ち着いてくると、服を握り締めていた手は、俺の首に回って絡まった。
俺は幸福感に満ちていた。
初めて、樹が俺を受け入れてくれたような気がした。
樹が落ち着いて来て漸く、首に絡まっていた腕を解いた。どんな顔をしていいのか分からないのか、目は合わなかった。
そんな樹の頭を優しく俺は撫でた。
「シャワー浴びてきな。ついでにTシャツも洗えよ」
樹にやることを与えると、潤んだ目のまま樹は頷いて、身体を離してふらふらしながら脱衣所に向かった。
その後姿を見送ってからキッチンを抜けてリビングへ向かった。あまり広くない部屋の床に包丁が転がり、中央で血だまりの中で男はこと切れていた。近寄ると何か所か刺したのか服がところどころ切れていて、そこから赤黒く血が溜まっていた。
ああ、本当に殺してしまったのか、とその死体になってしまったものを見下ろした。
「お疲れ様」
ぽつり、と彼に呟いた。動揺していた樹を見ていたからかやけに頭は冷静だった。血が床に染みてしまわないように布団を持ってきてとりあえず彼を転がり乗せると血を吸わせて退かせた。
包丁を拾い、シンクでそれを洗うと床を拭くためにキッチンにあった手拭き用のタオルを使った。何度も往復しながら血を拭きとる。何もなかったかのように樹に夢だったと思わせるためになるべく丁寧に拭いた。
けれど、死体を包んだ布団から血が染み出してきた。仕方が無いとキッチンへ向かうと一番大きいごみ袋を見付けてこれ幸いと一枚取り出すと袋を開けた。死後硬直が始まっていないお陰で容易に身体を小さく折り曲げられれると布団と一緒にごみ袋へと入れた。
その後も拭き掃除を続け、少しだけ血が飛んでいる壁もある程度拭けたところで樹がお風呂から上がった音がした。
ペタペタと素足で歩く音が聞こえるとリビングの手前で足音が止まった、部屋には怖くて入って来れないようだ。
拭いたタオルを持って部屋から一度出ると樹の髪は濡れたまま、髪の毛から雫がぽたぽたと落ちている。
顔を覗くと風呂に入って体温が上がったお陰か、少しだけ顔色はましになっていた。俺はホッとして樹の髪の毛を触ると余程心細かったのか泣きそうな顔で少しだけ笑った。
「……北斗、ありがとう、」
「いいよ、そんな気を遣う仲でもないだろ」
「今回ばかりは、さすがに気を遣うだろ」
苦笑いする樹の顔に、安心した。とりあえず、樹には血がついた面を見せないように手に持っていたタオルをキッチンのシンクに置くと蛇口を捻って洗い流す。後ろで、歩く音が聞こえて部屋に樹が入った事がなんとなく分かった。
綺麗に絞ってから樹を追って部屋に戻ると綺麗に拭きとった部屋の端に、赤くなった布団が入ったそれが異質にうつっていた。
言葉を失っている樹が、後ろに立っていた俺の方に振り返った。
「ほく、と」
「フローリング外したら流石に染みてるかもしれないけど、ある程度はね?」
「そう、じゃなくて、」
首を振った樹が、また震え出してしまった。あのごみを見たせいなのだろうと腕を掴んで少し引っ張り、部屋から出そうとするけれど樹は首を振ってそれを拒んだ。
「樹、」
「北斗、ありがとう、でも俺、警察行くから、」
「そっか、……じゃあ、俺も一緒に行くよ。一緒に捕まろう」
顔を上げた樹が、目を大きくして俺を見た。その後で、部屋にあるごみ袋を見てから、息を止めると気付いたのかぶるぶると震え始めた。
「拭いた、から?」
「うん。包丁も洗っちゃった」
「……っ俺がやったって言う、から、北斗は関係ない……っ」
「俺が証拠隠滅したから、罪は罪だよ」
俺の言葉に、樹の身体から力が抜けて、項垂れた。貧血を起こしたのか、項垂れた樹の身体がぐらりと揺れ、慌てて身体を支えると、そのままベッドへと誘導してあげた。ベッドの端に座るように促して腰掛けさせると俺は横には座らずに真正面から樹の顔を覗き込んだ。
「樹、大丈夫?水……」
「彼氏、が」
「……うん」
樹が、ポツポツと話し始めた。
樹の彼氏は、年上で会社勤めをしていた。けれど、決死の想いで親にカミングアウトをしたにも関わらず縁を切ると言われて家を追い出されてしまったらしい。その件については同情をした。少しずつ、偏見は薄れてきてるとはいっても全部が上手くいくことはないだろう。
そして、家を無くした彼は、家を探すことなく樹の家に入り浸り、それ自体は樹は嬉しかったようだけれど自暴自棄になったのか会社を辞めてフリーターになって遊び歩き、家に帰ってこないことも多かったようだ。束縛はするけれど自分は好き放題。浮気したしてないの小競り合いで最近は喧嘩が多かった。そのせいで痣を作ることが多く、これ以上は無理だと流石に別れを切り出したらしい。
部屋から出て行ったと思ったらキッチンから包丁を持って戻って来て、別れるなら死ぬ、と言われて、そこからまた口論になり、首を絞められた、と。
その時の事を話してくれている樹は首を摩りながら息を苦しそうに吐いて、震えていた。
首を絞められ、苦しくて暴れても馬乗りになった相手は退かなくて苦しくて、このままでは死ぬと思った樹は近くにあった包丁で彼を刺してしまった。彼は、一瞬何が起きたか分からず、樹もあまりに容易く手に持っていたそれが腹に埋まったせいで感触をあまり感じなかったらしい。
樹は正当防衛だ。だから仕方の無いことだと俺は思った。
「俺、怖くて、刺したのに、また絞められて、また刺して、」
首をまた絞められた、と、怖かっただろう。何かで読んだことがあった。人は刺されて直ぐに痛みを感じないように出来ているらしい。刺されたことにパニックになった相手が暴走したのだ。怖くなった樹は、何度も刺してしまった。正当防衛だとしても、何回も刺してしまえばきっと、罪に問われた時に不利になる。そうしたら俺と樹は離れ離れだ。
樹は、そこまで話したところで、気分が悪くなったのか口を押えた。俺は樹の背中を撫で、優しく声を掛ける。
「大丈夫、樹」
「大丈夫、じゃ、ない、殺したんだ、人を、」
「大丈夫。俺がいるだろ?」
手を握って、樹に優しく話しかける。
樹はもう何も考えないでいい。
俺を頼った樹。俺を選んでくれたことが、とても嬉しかった。考える力を無くさせて、ただただ甘く甘く、どろどろになるくらい樹を甘く溶かしてしまえば、きっと樹は一生俺から離れられなくなる。
「どうにかしよう」
「どうにか、って」
「樹、とりあえず寝よう。大丈夫だから」
「寝れない、寝られるわけ、」
「俺が傍に居るから」
潤んだ瞳から涙が零れて頬を伝っていくその涙は、どんな宝石よりも綺麗だ。ああ、全部全部俺のものにしたい。だから、ゆっくりゆっくり俺で蝕んでいこう。
優しく瞼にキスをすると目を閉じた樹の身体をベッドに横たえさせた。
やる事は多い。きっと樹は途中で罪の意識で苦しむだろう。けれど俺が導くんだ。
「おやすみ樹」
悪夢はきっと、覚めない。

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