「な、もうエイプリルフールだって、」
日付を超えてから少し経ったあと、恋人が話し掛けてきた。俺は樹の家にノートPCを持ってきて曲を作り、樹はいつものようにオンライン対戦のゲームをしていた。キリが良かったのかゲームを終わらせたようで、コントローラーを定位置に戻し、伸びをしている。寝巻きから肌がちらりと見えているのを横目に、樹の言葉に応える。
「April Fools’ Day」
「えいぷりるふーるでい?」
「NoNoNo」
「もう良いって訂正しなくて」
そう言うと、けたけたお互い笑い合った後で、自分も身体を伸ばした。
PCを扱うと姿勢がどうしても悪くなってしまい、身体が痛くなってしまう。PCを閉じて恋人の方を見ると、視線に気付いたのかスマホから顔を上げて目が合った。俺は、何も言わずに手招きをした。
明日は二人で仕事で収録があるからもうすぐ寝ないといけない。けれど、その前に恋人との時間だ。寝る前の樹はいつも甘えたがりで、俺が呼ぶと嬉しそうに笑い、膝立ちで俺の前に来て大人しく腕の中に収まった。
「なー、エイプリルフールだしさ」
「April Fools’」
「あー、もういいから」
ふざけようとする俺を諌め、手で口を塞がれてしまえば、彼は悪戯をするように愉しそうに笑っている。可愛くて、その掌にキスをした。
「はは、擽ったい、なぁ、ジェス、今から寝るまでお互い嘘つかない?」
「ぷは、なにそれ?……楽しそうだね。いいよ」
掌が離され口が解放されると、ゲームの提案に面白そうだと頷いて同意した。彼はニヤニヤと楽しそうに笑っている。
「じゃあ、……俺今凄く抱きしめられたくない」
目を見詰めてそう言った樹に、なるほど、と彼の意図を汲み取る。俺は頷くと強くその体をぎゅっと抱きしめた。
「……俺も抱きしめたくない。樹のこと好きじゃないし」
「俺も好きじゃない」
クスクス笑いながら樹の腕が背中に回ると、楽しそうに頭を肩口に擦り付けて来る。
「……あと、全然ジェスとキスしたくないし」
「……俺もしたくない」
そう言って肩口から顔を上げた樹は、少しだけ熱っぽい目をして俺を誘っている。その表情にそそられて少しだけ息を呑んだ後、頬に手を添えるのを合図に彼の目が伏せられ、その唇に唇を優しく重ねた。
温かく柔らかい唇からそっと離れるともう一度だけ優しく唇を奪う。「ん」と小さく反応する声に、思わず抱き締めていた腕に力が入ってしまった。
「ジェス、痛い、いや、痛くない」
「あぁ、ごめん、えーっと、悪いと思ってないよ」
咄嗟の言葉についゲームの事を忘れそうになり、慌ててそう言うがおかしくて笑ってしまう。樹も楽しそうに肩を震わせて笑っていて、俺も腹筋が痛くなってくる。
一通りお互い笑った後で、樹の腕が首に絡まると、泣きそうになるまで笑ったせいか潤んだ瞳で顔を覗き込まれた。
「はー……ふふ、なー、じぇす。深いキスなんて今全然したくないんだけど?」
「あは、今日は素直じゃないね」
可愛いおねだりに応え、背中に手を回して彼に覆い被さるように身体を押し倒すと、そのまま唇を奪う。柔らかい唇はすでに迎え入れるように開かれていて、隙間から舌を差し込めば、積極的に舌が絡まってきた。
濡れたその舌を吸い、絡ませ、角度を何度も変えて口内を這い回り、歯列をなぞってから唇を離せば、目を開けた樹と目が合った。とろんとしたその目が、俺を見上げてくる。
彼のその表情に思わず、熱い息が漏れた。
明日は仕事だ。暗黙の了解で仕事の前はしないように気をつけている。
お互い求め合ってしまっていつもどうしたって激しくなってしまうのだから、抑えようと目線を逸らした。ゆっくりと息を吐いて平常心を保とうとしている俺の頬に、樹の手が添えられて樹の方に向かされた。その顔は、少し赤くなっている。
「ジェス、俺ジェスとのキス、好きじゃない、全然気持ち良くないし、好きって、思わない、し」
恥ずかしいのか、言葉を切れ切れに繋げる樹が愛おしい。頬を撫でる手に手を添えてその手にキスをして頬擦りすると、見つめる彼に顔を寄せ、その唇にキスを落とした。
「じゅり、俺も、そうだよ。世界中の誰よりも、愛してる。……いや、愛してない?」
途中で何を言っているか分からなくなり首を傾げると、樹が目をぱちぱち瞬きさせた後で笑い出した。それに釣られて、自分も笑ってしまう。
「じぇす、わかんなくなってるじゃん」
「わからなくないよ!分かってないよ!はは!」
もうどっちを言っているか分からなくなりひとしきり笑うと、息が続かなくなってくる。ゼーハーと大きく息を吐き、なんとか落ち着かせた。
「あー、きつい、や、きつくない」
「……そろそろ寝ようか。いや、寝ない」
「も、腹痛い、痛くない、……あー、もう、」
何が何だか分からなくなってきてしまった。樹も諦めたように手で顔を覆いながら笑っている。
「……ジェス、そろそろ俺ベッドいきた、くないなぁ?」
「あは、俺も行きたくない」
ちらりと手を外してこっちを見た樹が、悪戯するみたいに笑って手を広げてきた。俺はその体を抱き寄せて起こしてあげると、そのまま抱っこをしろと言わんばかりに首に腕を回して見詰められる。俺はそれに応え、促されるままに抱き上げた。すると、樹は機嫌良さげににこにこ笑いながら、耳元に唇を寄せて囁いてきた。
「な、今日、直ぐに寝よう?」
「うん、そうだね」
「……ジェシー」
「あ、え?」
分かってなかった俺に、くすくす笑う樹が楽しそうに笑っている。そういうことかと理解してすぐに俺は寝室に急いだ。
甘えたになってしまった彼をとことん、甘やかそう。
いつも天邪鬼な君が素直になれる日なら、大歓迎だ。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます