閉塞成冬

ジェシーとはなんだかんだ言って長い付き合いが長く、付き合ってからも数年経っている。そう考えると、俺の人生ほぼジェシーと一緒にいると言っても過言じゃない。そのせいか、愛情と友情の差が分からなくなってきている。敢えて言うならその違いは、セックスしているかしていないか程度だ。勿論一人の人間として尊敬しているし信頼している。多少は嫉妬もするし独占したいという感情もあり、そのお陰で恋人同士でいることが出来ている。
ジェシーは愛情表現を良くしてくれるし、俺の事を愛しているのだということが言葉の端々にも感じる。それでも俺は彼にとって必要なのかと考えてしまうことがある。
どんな人とも仲良くなって、色んな人とご飯を食べに行っているのを見ていると、自分からなんとなく声が掛けられなくなっていく。そうしているうちにタイミングが合わなくなり、二人きりで遊ぶことが減っていった。そんな時間が増えていくうちに、お互いがお互いの時間を優先しなくなってきていた。
付き合い始めた時は、抑えていたものが溢れだす様にお互いを貪るように求めあった時もあった。その時も無理はしていなかったし、その時はそれが自然だった。きっと、時間と共に関係も変わっていくのは自然な流れなんだ。
たまに会ったとしても、二人の時間をじっくり取れることもない。家に来たり、家に行ったりもなくなっていた。
プライベートで遊んだ日のはいつだっただろうか。
距離は着実に広がっているような気がしている。
これがいわゆる、倦怠期というやつなのだろうか。

『今日暇?』
それだけ、ポンとメッセージを送り、返事を待ちたくなくて、ゲームを起動させた。最近特に気に入っているゲームがあって、オフの日は夕方から朝までやっている。起きている時間が普通の人とはズレているけれど、オンラインだと誰かしら必ずいるから、孤独にはならない。無理に時間を合わせなくても、オンラインの友達なら気兼ねなく遊ぶことが出来る。
ジェシーと逢えない日が続いても、ゲームをやっていれば楽しいし気にならない。けれど、そうやって遊ぶ事や会うことが少なくなって、お互いすれ違いになっていると気付くと不思議に焦燥感が募った。
ゲームを始めたはいいけれど、メッセージが気になってそわそわしてしまう。コントローラーを握り締めながら画面に集中しようと試みるけれど、どうしても考えてしまう。
別に、付き合い始めたばかりの時のようにずっと一緒にいたいなんて思ってはいない。思ってはいないけれど、プライベートで会っていない日がこうも続くと、この恋愛の終わりを考えてしまう。
会うことが目的ではない。会うだけなら仕事で会えているし、お互い普通だ。それに、会うことが義務みたいになるのはいやだ。昔、付き合っていた彼女とそんな風になって、惰性で付き合ってしまったことがあった。
頭の中で、自分に言い訳をする。俺達の仲に問題があるわけじゃなくて、何年かはそういう情勢だったということもあって飲みに行ったり遊んだりすることが禁止されていたから、そのままこうなってしまった。そういう時期なのだろうと飲み込んだけれど、もしそうじゃないならだらだらしたことは好まないから、もし、気持ちが離れているならはっきりさせて一旦離れた方が良いと思った。
ポン、とメッセージを受信した音がスマホから鳴り、ゲームの合間、手が離せないこともあって画面だけを確認する。
『ごめん、今日は予定があるから、終わってからなら行けるよ』
通知で見えたメッセージに溜息を吐いて、またゲームの画面を見る。
誰かとまた遊んでいるのだろう。ぼんやり、ゲームをしながらも、スマホの画面をちらりと見た。
もう既に真っ暗になった画面を見ると、またゲームの方に集中しようと努める。
誘ったのは俺だけど、だめだ。やっぱり会いたくない。
何でこんなに哀しくなっているのだろうか。一歩踏み出そうとした足を止められてしまったせいか、傷付くかもしれないとネガティブになって後退りしてしまう。
「ああ、くそ」
扱っているキャラクターがやられてしまった。少し泣きたくなってコントローラーを置くと負けてしまったせいなのか、それとも悲しくなってしまったのか、自分でもわからなくて頭を抱えた。
溜息を吐くと真っ暗なままの画面を見て、手を伸ばして漸くそれを手に取るとメッセージを開く。
そのまま返信を打つと、スマホをポイッとクッションの上に放り投げた。
『大丈夫。聞いてみただけだから』
昔なら、ジェシーは電話をくれていた。それを期待していたのかもしれない。
けれどそれさえもないまま、結局、朝になってしまった。
それだけお互いのことに関心が無くなったのか、それともそのまま言葉の意味を汲み取ったのだろうか。信頼してくれているのか、けれどそれが良い事なのか悪い事なのか、もはや分からない。
いつのまにか明るくなってきた窓の外を横目にゲームを終わらせ、夜からの仕事のことを考えてスマホを手に取り、そのまま寝室に向かった。
ベッドに潜り込んで、眼鏡を取ってスマホのアラームを設定すると、そのまま充電器にさした。
枕を抱えてゆっくり夢の中に落ちて行く。
夜には皆との仕事でジェシーと逢う。なるべく普通にしてよう。仕事とプライベートは分けたい。二人きりの時間を取って、言うんだ。それでいいんだと、自分に言い聞かせて、どうにか眠りについた。

アラームが鳴って目を覚まし、仕事で起きなければいけない時間かと、眠いながらも身体を起こした。目を擦り、スマホをポケットに入れてベッドを降りて、だらだらと洗面所に向かう。
シャワーを浴びようかと思ったけれど、何となく気分にならずに洗面台に向かい、眼鏡を外して顔を洗う。
そのままコンタクトを入れ、タオルで顔を拭きながら鏡にうつる自分の顔を眺めた。
今から仕事だというのに、ちょっとひどい顔をしている。
洗面台に手をついて、俺はプロ、プロだろと鏡の中の自分に言い聞かせて仕事モードに切り替えていく。
振り切れるまで鏡の中の自分を目を細めて睨み、気合を入れるために大きく息を吐いてから洗面台を離れた。
部屋に戻ってクローゼットを開け、服に着替える。大体いつも同じ服装になってしまうけれど、ピアスやアクセサリーだけにはこだわっている。着飾ると自分が強くなった気がする。そういうものに力を貰いながら、クローゼットの鏡を眺めた。俺なら大丈夫。今日も出来る。そう秘かに呟いた。
ある程度の準備が終わると、少しの時間が空いてリビングに戻りソファーに座った。
ポケットからスマホを取り出して手の中で転がすと、またぐちゃぐちゃな感情が揺り動かされそうになって音楽をつけた。
こうやってもやもやしている時間は無駄だと思うのに、話し合った結果別れてしまうことになるのも怖い。
俺、まだちゃんとジェシーのこと好きなんじゃん。そう気付いて苦笑いをすると、マネージャーが俺のマンションに着いたのか、着信が鳴った。

車に乗り込んで見回すと、ジェシーの姿はなかった。
なるほど、友達の家にそのまま行ったのかもしれない。なんとなくそう納得しながらも心のどこかが冷えていくのを感じる。
別に、恋人の俺を優先するべきだとは思っていない。嫉妬もいやで、したくない。自分の感情を押し殺しながら窓の外を眺めていると、暫くボーっとしている間にスタジオに着いた。
いつものテンションで話す慎太郎に相槌を打ちながら二人で楽屋に入ると、ジェシーを含めた他のメンバーはもう既に集まっていた。
直ぐにジェシーがいることにも気付いたけれど、思わず目を逸らす。何故か気まずく、誤魔化すために欠伸をし、ジェシーとは目を合わさないように「おはよう」と、まとめて挨拶をする。そしていつも通りの定位置に鞄を置く。
ジェシーは北斗と喋っているのを中断すると俺の方に歩いてきた。俺は気まずくて気配に気づいているけど気付いていないふりをした。
「樹」
声が近くで聞こえてしまうと流石に逃げられず、今しがた気付いたかのように驚いたリアクションを取った。
「びっくりした、おはよ」
「おはよう。昨日なんだった?」
予想通りそう声を掛けられたけれど今は言うつもりはなくて、「あー……」と間延びした相槌を打つと、首を振って笑って見せる。
「特になんもないって」
そう言うと納得が出来ていないのか、「そう?」と言った声のトーンが低い。俺はジェシーの視線から逃げたくて、「メッセージでも言ったじゃん、」といって誤魔化す。そして、逃げるためにまるでスマホがポケットで震えたかのようなふりをしながらスマホを取り出した。
「わり、ちょっと外で電話してくるわ、」
そう言って立ち上がり、もう終わりとでもいうかのようにジェシーの肩を叩き、前を通って廊下に出るために扉に向かう。じっと俺を見ている視線を背中に感じたけれど、構っていられない。楽屋の扉を開けると、速足で廊下を歩いていた。
人通りの少ない階段まで逃げ、誰も居ないことを確認すると、壁に寄りかかった。
もちろん、誰にも電話はかけない。
ジェシーに会っていつも通りでいるはずだったのに、思っていたより普通にできない自分に驚いていた。
「なさけね」
自虐的に呟き、溜息を吐いてその場にしゃがみこむと自己嫌悪に陥りそうだった。タバコを持ってくればよかった。なんて思いながら項垂れて、何度も深い溜息を吐く。自分が思っていたよりも弱っていたことに気付くなんて、……会うのが、気まずい。
様子がおかしいことはさすがにバレているかもしれない、だからといって、もうどうしようもない。
どんな顔をして楽屋に戻ればいいのか分からず、時間を確認すると戻るべきかどうか、気持ちはずっと決まらない。
ぎりぎりまで戻らないでいようか、なんて思いながらも、とりあえず言い訳のために飲み物でも買うために立ち上がる。廊下の休憩所のような場所に自販機があり、そこに向かう為に階段を出ようとした瞬間、突然現れた人影に反応できずにぶつかった。
「っ、いって」
「わ、じゅり、」
驚いた声には聞き覚えがある。今一番会いたくない声に、思わず固まった。顔を上げたくないけれど、覗き込んで来たその目と視線が合ってしまった。
「樹?」
「……なんだよ、びっくりした。どうした?楽屋ちょうど戻ろうと思ってたとこだったわ、わざわざ探しに来てくれたのかよ、」
「樹」
言葉が止まらずべらべらと喋り出した俺の言葉を遮るように、ジェシーが俺の名前を呼んだ。俺は思わずびく、と肩が震えた。
「……なに?」
「変だよ、樹」
今から仕事だ。仕事の前に話すような内容ではない。大丈夫だと言えるメンタルを持ち合わせてない。目を合わせたくなくて俯くと、逃がさないとでもいうようにジェシーの手が俺の身体を壁に押し付けた。
その顔を見られないのに、圧迫感がある。目が合わないからか、俺の顎に手を添えられ、顔をあげさせられた。
仕方なく、ジェシーの目を見ると、まっすぐにその顔は俺を見ていた。

もう、やだ、苦しくなりたくない、寂しくなりたくない、嫌われたく、ない。

「別れよ」
言葉をついて出たのは自分が最も避けていた言葉だった。
そんなこと言うつもりなんてなかったのに、その言葉が口から勝手に出てしまった。動揺して目を逸らしたけれど、もう後には戻れない。もう一度ジェシーの顔を見ると、驚いた顔をしている。その顔を見ていられなくて顎にあった手を払って、その腕から逃げようとすると、慌てたジェシーが俺を壁に押し付け直し、さらにその手に力が加わった。
「なんで?俺のこと嫌いになった?」
「嫌いになったとかじゃないけど、一回離れた方がいいよ」
「なにそれ?わかんないよ。他に好きな人できた?樹」
肩を掴まれればその力は強く、少し痛い。動揺しているジェシーの顔が俺の目をずっと覗き込んでいて、居た堪れなくなって目を逸らす。
「好きな人できたの?」
答えない俺に、肯定だと受け取ってしまったのかジェシーの低い声が降ってくる。そういう訳じゃない、このままそういう理由にしようかとも思ったけれど、ぎくしゃくしてしまうと仕事に支障も出るし、大事なメンバーだ。それは違うと示すために首を振った。
「違う、最近俺たち、二人で会ってなかったじゃん、友達みたいになってたから、それもいいんじゃないかなって」
ちらりとジェシーの顔を見ると眉を寄せたまま俺の顔をじっと見ている。その目は今まで見たこともないくらい、怒っているようだった。
「……なぁ、じぇし、」
「樹、だめだよ」
どうにか宥めようとした俺の言葉を聞いていないのか、ぽつりと呟かれた言葉に眉を寄せる。目が合っているはずなのにその目は俺を見ていなかった。
「え?ジェシー?」
「逃がさないよ。どこにもいかせない」
黒い雲のように俺を覆ったジェシーがひやりとするくらいの声でそう言った。
頬に添えられた手はいつも温かくて愛しいものなのに、やけに冷めたく感じて背中が、ぞくりとした。
今まで見たことがないくらい冷たく笑ったジェシーの顔は、知らない誰かのようで、冷たくて怖いのにとても綺麗だった。

「許さないから」
俺以外の誰かなんて、
そう囁いたジェシーの顔は、恐ろしいのに、その唇から発された言葉はずっと俺が欲しかった言葉だった。
その顔が近付いてきて、強引なくらいに唇を奪われる。

噛みつかれてしまいそうで、食べられてしまいそうで、いっそのことそうなってしまえばいいなんて、思ってしまった。

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